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新型コロナ緊急事態の再宣言

昨日、改めて日本では緊急事態が宣言され1ヶ月間の行動自粛が求められた。東京、埼玉、千葉、神奈川の1都3県が対象だ。今回も東京では入院待機が3000人を超えて、医師会が悲鳴を上げ始め、統治権力が重い腰を上げた(つまり次の選挙への配慮)という構図。命が最優先には残念ながらなっていないように見える。

しかし同じように病床が逼迫している愛知(名古屋?)、大阪、福岡は大丈夫なのだろうか?

ここのところ東京では日時の感染(PCR陽性)者数が1,000を超える日が多くなったなと思っていたら、昨日は宣言を後押しするように2,000を超えた。

今回は、①飲食店営業時間短縮、②テレワークで出勤7割減、③午後8時以降外出自粛、④イベント人数制限、の4つがターゲットとなっているけれど、既存のコロナウイルスの感染症(風邪)は寒く乾燥しヒトの免疫力が下がる12~2月頃がピークというのはデータが出ており、増えるべくして増えている感も否めない。

緊急事態宣言を出すのが遅すぎるという声もあったが、たとえば、12月に出したとしても、1~2月に感染者数が増加すれば、経済的な落ち込みと合わせて宣言の効果が疑問視され叩かれる。既存コロナの感染者数カーブに対策を打ち出すタイミングを合わせれば、自然減も含め、宣言や対策の効果に見えるから、皆、丸く収まるという狙いもあるのだろう。そう考えると、今後、宣言の1ヶ月延長や他の都道府県追加も有り得そうだ。

昨日の10日時点で、入院待機が7,000人近くにまで増えている。それでもメディアは「医療崩壊」という言葉を使わない。おそらく、政府(官邸官僚?)からその言葉を使うなと指示が出ているに違いない。10年前の原発事故で「メルトダウン」が使えなかったように。

https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000203676.html

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