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脱マスメディア再び・・・

 BloggerがGoogleに買収されて、リニューアルされたのは知っていたのだけれど、買収前に立ち上げて、ろくに更新せずにいたので、最近になって、やっとその仕組みに追いつけるようになってきた。
 そこで、ラベリングついでに、自分の書いたものを読み直していたら、なんと、見ず知らずの方のブログで、拙い私の発言を引用してくれていることがわかり、ちょっと嬉しくなった。と同時に、改めて「脱テレビ」をテーマにしている人たちが多いということもわかり、それはそれでまた嬉しかった。
 最近はYouTubeで好きなCM(もはや番組本編ではないというのが皮肉)だけを見ることができる環境にまでなると、テレビ局やその収益構造って、いったいなんなのかなぁ、と考え込んでしまう。新聞や雑誌もまったく同じ問題を抱えている(だから、タイトルをあえてマスメディアにした)。
 映画『マトリックス』に喩えることが適切かどうかわからないけれど、「マトリックス」に繋がるプラグを抜いて「ザイオン」と行き来する人が確実に増えている、そんな感じだ。

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結婚という制度

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 動画映像は情報量が多い。文字よりも音声、音声よりも静止画、さらに動画とファイルサイズが順に大きくなるのも当然といえば当然。  作る側の立場に立つと、文章や音声のみの場合は読者の想像力に大幅に依存するのに対し、動画は背景をはじめ、写り込むものや、収録される音声は、よりリアルさを求められる。そんな条件の下で思ったように「伝える」のは想像以上に大変なことだと思う。1時間半~2時間の作品を作るのに、いったい、どれだけの配慮がされていることか。  長編物を映画化するときには、それをまず脚本段階で短編化していることになる。ここでハショリ方を間違えると伝わらない。さらに、撮影されたシーンも上映時間に合わせてカットされるのはご存知のとおりで、最近はDVDの特典映像でカットした部分を見せられ、そういうことだったのね、と初めて理解したりすることも少なくない。最初から短編として完成されたものであれば、より脚本化しやすく伝わりやすいと感じるのだ。もちろん、映像化を前提に書かれた原作が一番なのだろうが・・・。