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12月, 2006の投稿を表示しています

映画『硫黄島からの手紙』を見た

 一旦、戦争という事象に巻き込まれてしまったら、平時には当たり前の「命を粗末にするな」というような台詞が、いかに空しいものになってしまうか、ということを改めて感じさせられる。  しかし、戦争に向けた「雰囲気」を醸成させるのは、そして、それを実施する、しないを決定する権限を持つ人を選ぶのは、自分たち自身にほかならないのだ。

地デジテレビを買うのはやめた

 大型テレビの売れ行きが好調な中、一方では、私の周りの人たちは、「番組の内容がつまらない」といってテレビをあまり見ない人が増えているという実感がある。私自身もその一人で、テレビを見る必然性を感じることが少ない。もちろん数は少ないが、良い(面白い、楽しい、ためになる)番組はあるし、たまに見ることもあるのだが、これから先、地デジでは標準らしいハイビジョン画質で見る価値がある番組がどれだけ生み出されるのか、今を見て想像し難いのだ。  ハイビジョンといえば、とても歴史のある技術(言い換えれば古い技術)。何十年もかけて、NHKや郵政省がごり押しで広めようとしたのに叶わなかったものが、テレビ放送デジタル化とセットでついにテレビ業界で標準化しそうな勢いだ。  今のテレビは2011年には(地デジチューナーを買わないと)使えなくなる、という柔らかな不安が私たちを電気屋さんに走らせる。なら、いっそのこと、これを機会にテレビを見るのをやめようよ、と提案したい。  そう言うと、ニュースぐらいは・・・とか身近な人からも声が聞こえるのだが、どうだろう?本当に自分に有益なニュースがどれだけある?世界中から届くセンセーショナルなニュース。それらに心を揺さぶられながら、何もできない自分がいる、麻痺していく自分がいる、ということも冷静に考えてみる必要がある。また逆に、いたずらに心が動揺させられることでおかしな方向に(結果的に)誘導されてはいないだろうか?  ニュースを見ようと思えば、既存メディアであれば新聞もあるし、ネットを通じてさまざまな情報を自分で選択して得ることもできる時代だ。 テレビはもっぱらスポーツ観戦で盛り上がる程度に活躍してもらうことにすれば、一家に一台も必要ないかもしれない。地球の裏側のニュースに一喜一憂するのはやめて、身近なことに目を向けるほうが、よほど幸せで、健康的な生活が送れるのではないだろうか。

青色LEDの色合いはもう少しなんとかならないか?

近年、 青色LED の普及によって、町の広告灯も、年に一度のクリスマスイルミネーションも、青色が目立つ。しかし、この色、発明者には申し訳ないのだけれど、最初のうちは珍しくて綺麗に見えたが、最近はあまり「いい感じ」がしない。冷たい感じがする。特に、これを書いているのが冬だからかもしれないが、最近の発光ダイオードは輝度も高く、青色に限らず夜の街で光っているのを見ると、ケバケバしく見えてしまうのだ。 2年前の同じ時期に、やはり クリスマスイルミネーション のことを書いたが、派手に飾った個人宅がさらに増えているように見える。かえって、正統派の教会などは、電球色で点滅もしない、控えめな飾りつけをしているようだ。  うさこちゃんことミッフィーの作者で有名なディックブルーナは、かなり時間をかけて検討された、通称ブルーナカラーという決まった色しか使わない。おちついた色で、絵を見る人を和ませる。見る人を楽しませたり、気持ちよくなってもらうというのは、かなり気を使うことでもある。広告やイルミネーションを見て、そんなことをふと思った。

またまた、ジャン・ベッケル

映画「クリクリのいた夏」をDVDで見た。先に書いた「ピエロの赤い鼻」と同じ、 ジャン・ベッケル 監督作品で、こちらが1作前?になる。  時期は第2次世界大戦前。舞台はフランスの田舎。クリクリという女性に、4~5歳の少女時代の思い出を語らせるようにして描いていく。ドラマティックでもなんでもない、なにげない日常をこれだけ見せる映画に仕上げているのは、監督のなせる技か、脚本家がよいのか?やっぱりキャストも含めて、関わった人たちの総合力なんだろうなぁ、とつくづく思う。スリルとサスペンスと非日常てんこ盛りのようなハリウッド映画よりも、こんな映画の方が僕は好きだよ。