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身近にあってこの世でサイテーなもの

そんなもののひとつに、ICカード公衆電話がある。
この電話、使われているのを見たことがない、携帯電話を持たない私ですら、一度も使ったことがない。なぜかというと、あのICカードには賞味期限、いや使用期限というものがあり、その期限までに使わないと、一方的に使えなくなるのだ。電話局に行き、使った分の差額+手数料105円を払って、やっと105度数の新品と交換してくれる。これほど顧客満足度が低い(顧客を馬鹿にした)商品はない。
NTTがICカードに切り替えようとし(て失敗し)たその目的は、顧客志向によるものではなく、とにかく横行する偽造磁気カードを防止するためだった、というのが世間一般の常識ではある。しかし!しかしですよ、偽造カードが横行したのは、そもそも社会インフラとしての電話料金が適切でない(高い)ということが原因だっだのでは?その根本原因を正さず、収益を守ることだけを優先したことによって産み出されたのが、使われないICカード公衆電話という、チョー情けない無駄投資であったと私は断言するのであった。 ちなみに、この電話機の色、私もお気に入りの「段ボールアート」で有名なアーティスト、あの日比野克彦氏のデザインなのであった(涙)

コメント

匿名 さんのコメント…
ICカード式公衆電話機7年で消滅、NTTが廃止決定

 NTT東日本と西日本は20日、集積回路(IC)チップを埋め込んだICカード式公衆電話機を廃止すると発表した。

 来年3月末までに、テレホンカードを使う磁気カード式に順次切り替える。偽造テレホンカード対策の切り札として1999年に導入されたICカード式だが、携帯電話の急激な伸びに押されてあまり普及せず、わずか7年で姿を消すことになる。NTT東西は、磁気カード式に一本化することで、年間数億円の維持費が削減できるといい、公衆電話事業の赤字圧縮を目指す。

 NTT東西によると、昨年9月末現在、全国の公衆電話は約47万台あるが、このうちICカード式は約5万1000台だ。ICカードの年間の販売枚数も、磁気カードの10分の1程度の300万枚にとどまっていた。

 東日本は2月から、西日本は4月から磁気カード式への切り替え作業を始める。両社は、磁気カード式公衆電話機の機能アップで、偽造カード対策は可能としている。販売済みのICカードは磁気カードに交換する。問い合わせはテレホンカード交換センター(TEL0120・145472)へ。
(読売新聞) - 1月20日21時33分更新
ЮСКЭ さんの投稿…
 この読売の記事では、ICカード電話が、ケータイの普及で伸び悩んだことが主原因で、廃止されるように受け取れる。
 が、公衆電話自体は従来の磁気カードのまま残る、という事実が、ケータイの普及が主原因なわけではなく、ICカード電話が「公衆電話」として失格だったことを意味している。
 重要なコミュニケーションインフラのひとつである公衆電話で、このような失態を犯してしまったNTTは、本当は、「失敗しましたごめんなさい」って国民にお詫びすべきではないの?

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